<2015-ア-1>「アンドロイド・アナ MAICO 2010」視聴記録

<4話まで見て>

 

1,2,3話あたりのMAICOの扱いのひどさには、時代を感じた。ひどいと感じたこと自体、このアニメが放映された1998年から様々な議論が尽くされてきて、アニメ業界や監督、作家が、それらの議論をそれなりに踏まえ、意識してきた結果だなあと思う。

現実に打ち負けた、悲哀をどこかしら感じさせるキャラクターたちと、どこか抜けていておてんばなアンドロイド、MAICOの対比が非常に優れていて、作品としては完成度が高い。

現実に打ち負けた、と表現したけれども、この「負け組たちはどう生きるべきか」というのはこのアニメのメインテーマの一つであるらしく、それぞれのキャラクターの主張の噛み合わなさや、それから生み出される、先行きの暗さをぼんやりと感じさせる雰囲気は、珠玉の出来といえるのではないか。伝助が常に松つぁんから怒鳴られ続けている不条理さも、リアルでいいなあ。

4話は非常に面白かった。アンドロイドが作品に登場する際によく問われる、「機械による人間感情の再現の限界」がテーマであった。このテーマと、負け組と言われていながらも、自らの職務に対してただならぬ誇りやこだわりと責任感を持っている、社会人としての意地とでも表現できるものが、上記の作品の雰囲気の中融合していて、素晴らしい作品となっていた。

 

<4話以降も見て>

「機械による人間感情の再現の限界」というテーマが4話で持ち出されたと述べたが、突然シリアスになる後半の展開のなかでは常にそのテーマと向き合いつつ話が進んでいるように思われた。

アンドロイド故、机上の空論を諦めること無く、素直に主張し続けるMAICOと、不条理の塊である現実に打ち負けてしまった「負け組」たちの間にはすれ違いが生まれていく。

展開が半ばリアルであるが故に、後半の陰鬱とした展開は質量を伴って、上のすれ違いとともに私たちにのしかかってくるのであるが、上記の、アンドロイド故の欠点を「負け犬」達は弁証法的に引き受けることで、最後には希望とともに幕を閉じる。

 

おすすめします。